• kazuko

    資格をとったから教えられるものではない。ヨガの本質と向き合うためにー

  • sachiko

    「なんでだろう?」ヨガを繰り返すなかで感じる身体への疑問。答えを紐解く「解剖学」。

  • yuko

    疑問をもつことで、丁寧に向き合える。哲学を通して広がるヨガ

kazuko
kazuko

資格をとったから教えられるものではない。
ヨガの本質と向き合うために

ーーただ、ひたすらに同じポーズを繰り返す。
  その先で救われた思いがヨガを教える原動力

新しくはじまるインストラクター養成講座UNIVA ACADEMYのメイン講師をつとめるのがディレクターカズコ先生。
10余年前のオープン当初からユニヴァのヨガを牽引する一人だ。

ディレクターカズコ先生

もともとカズコ先生がヨガと出会ったのは19歳のとき。
当時の福岡には、スタジオとよべるような場がないころ。舞の先生に「同じカタを大切にするものだから」と紹介され、名古屋から福岡に指導にきていた先生のレッスンに参加。
今では想像もできないが、「身体も硬かったし、運動も一切したことがなかった」というカズコ先生。
その時は、とにかくキツかったが、終わったあとの幸せ感はこれまで得られないものを感じたそうだ。

今では想像もできないが、「身体も硬かったし、運動も一切したことがなかった」というカズコ先生。

その後、20代の前半に母の死に直面。精神的に落ち込み、将来に不安も感じていた。
その頃から、ヨガの道を本格的に極めはじめる。
20代の多感な時期、華やかな世界に惹かれることもなく、ただひたすら、毎日、毎日、同じポーズを繰り返してきた。
まるで、修行のような日々に「なにがそうさせる?」と思ってしまいそうだが、その向こうに見えた「救われた」「楽になった」思いが、今日まで続くヨガの原動力になっている。

20代の多感な時期、華やかな世界に惹かれることもなく、ただひたすら、毎日、毎日、同じポーズを繰り返してきた。

そして、20代後半からインストラクターとしてのキャリアをスタート。
アシュタンガヨガをベースにしながらも、ヨガを深めるためにハタヨガ、リストラティブヨガ、エアリアルヨガなどさまざまなヨガに関わってきた。

ーー答えあわせをするより、自分自身で感じとることを大切に

ヨガって何?
その問いに答えをみつけるのは難しい。
言葉の意味だけでも50以上あると言われるし、「道具」「試み」「乗り物」「つながり」、ときには「お金」だったり、その意味することも幅広くて掴みどころがない。ポーズをとるヨガが生まれたのも近代になってからだ。

ヨガって何?その問いに答えをみつけるのは難しい。

そんななかカズコ先生なりのヨガの解釈は、「自分を感じる。見つめる。そして、受け入れること。それによって、自分のことがわかること」だと語る。自分の中で形成されてきた身体のクセや、考え方、思い方のクセをふと感じることがある。
それを、「できている」「できてない」と答えあわせするのではなく、まずは、それを自分自身で感じることが大事。
その意識を感じて、何かを手放した向こうにどうアクションをしていくかが自然と見えてくるー。

ヨガひと筋に向き合ってきた先生たちの一言は、その本質に向き合うべき姿勢を指南してくれる。

ヨガひと筋に向き合ってきた先生たちの一言は、その本質に向き合うべき姿勢を指南してくれる。

まるで職人のように、同じポーズを来る日も、来る日も繰り返し行なっていく。
それは同じ毎日のようであって、実は日々新しく、問い続ける、変わり続けることができる道なのだ。
今回のUNIVA ACADEMYでは、普段のレッスンではなかなか伝えられない、そんなヨガとの向き合い方を伝えていくこともテーマになっている。

ーー10余年ヨガと向き合ってきた思いを軸に、満を持してはじめる
  UNIVA ACADEMYを指導

数年前からインストクター養成講座を望む声はUNIVAの内外から寄せられていたそうだ。
しかし、UNIVAが取り組むのであれば単に資格を目的とするのではなく、もっと本質と向き合えるようなものしたいと準備には、数年の月日をかけてきた。

そんなUNIVA ACADEMYのベーシックコースの柱は、「ヨガを身につける」そして、「自分のプラクティスを深める」こと。インストラクターを目指す人にとっての基本ステップとなるが、教える資格をとることだけを目的としていない。
「ヨガが好き」「好奇心がある」といった人にもトライして欲しい内容だ。

「正解に近づけるため」のポーズを学んでいくわけではない。自らを型にはめるのではなく、どちからというと自分のことを理解するアプローチをとる時間。
つまり、自分の心と身体の取り扱い説明書を、自分の中に増やしていくような学びが中心になる。

UNIVA ACADEMYのベーシックコースの柱は、「ヨガを身につける」そして、「自分のプラクティスを深める」こと。

そうして、自らが経験してよかったこと。自らをみつめ、掘り下げたことをアウトプットしたいと思ったときに、「伝える」ことを目指していって欲しいと考えられているのがアドバンスコースだ。
「教えることによってもっとよく学ぶ」というスタンスで、生徒の立場にたった伝えるための基盤を学ぶことをメインとしている。
ヨガの経験不足や理解不足は、知識ではなかなか補えないけれど、汗水流して得た結果は、きっとヨガの真実に近いはずだ。

ーー10年後、20年後もここで変わらぬヨガを
  general yoga UNIVAのこれから

福岡に拠点を広めて10余年。
いまやスタジオ数も4つに広がっていくgeneral yoga UNIVA。これからももちろん、福岡を拠点としたヨガを変わらずに広げていく。ユニヴァを卒業してヨガレッスンに取り組む人、先生として教えている人たちが、迷ったり、悩んだりしたときに、「いつでも戻ってこられる場所でありたい」と語る。

ユニヴァを卒業してヨガレッスンに取り組む人、先生として教えている人たちが、迷ったり、悩んだりしたときに、「いつでも戻ってこられる場所でありたい」と語る。

10年後、20年後も変わり続けながら変わらずにヨガを考えるスタジオとして、UNIVA ACADEMYはヨガへの貢献を考えた新たなステージとなることだろう。

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    「なんでだろう?」ヨガを繰り返すなかで感じる身体への疑問。答えを紐解く「解剖学」。

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    疑問をもつことで、丁寧に向き合える。哲学を通して広がるヨガ

sachiko
sachiko

「なんでだろう?」ヨガを繰り返すなかで感じる身体への疑問。
答えを紐解く「解剖学」。

ーーヨガを続けることで深まる身体への疑問

ヨガが好きで、繰り返し、繰り返しポーズを重ねる。
そんな人が必ず辿りつくと言っていいのが、「なんでだろう?」という疑問符だろう。

「今日はいつもより股関節がつまっている様な感じがする」
「手首に痛みを感じるのはどうしてだろう」
「昨日まで出来ていたポーズが、今日はうまくできない」
……という風に、自分の身体を感じれば感じるほどに“なぜ”という思いは深まっていく。

そうした、自分の身体の変化や違いに一度立ち止まったときに、自分の身体を紐解くツールとして役立てて欲しいのが解剖学だ。

自分の身体を感じれば感じるほどに“なぜ”という思いは深まっていく。

ーー自身の身体の変化と、一人ひとりの身体の違い
  柔道整復師への道はシンプルな思いから

UNIVA ACADEMYで解剖学を担当するサチコ先生は、柔道整復師の国家資格を有し、整骨院に勤務する傍らヨガのクラスを担当している。

ヨガとの出会いは、ある日、祖母の家でくつろいでいた時にヨガをやっている姉から太陽礼拝を教えられたことだ。
小学校はサッカー、中学・高校はバスケットともともと身体を動かすのが大好きだったという子ども時代。
大人になって特に運動はしていなかったそうだが、太陽礼拝をならってから数日後、急にそのポーズをやってみたくなったそう。
気がつけば、繰り返して毎日行うようになり、ヨガへの道を極める一歩となった。

ヨガとの出会いは、ある日、祖母の家でくつろいでいた時にヨガをやっている姉から太陽礼拝を教えられたことだ。。

一方で、解剖学と出会ったのは、持病のヘルニアがきっかけ。
その症状は、年に2〜3度あり、朝に目が覚めても起き上がれないほどの痛みを伴っていたそうだ。
しかし、太陽礼拝からはじまりヨガを本格的に始めていったことで、気づいたときには、動けない程の腰の痛みを感じることはなくなっていた。「なんでだろう?」素朴な疑問が、身体への興味を深めていく。

ちょうど同時期に始めたのが、アロマを使ったマッサージやボディケアの仕事。
仕事柄いろんな人の身体に触れるごとに、一人ひとりの身体の違いにと驚いたそうだ。

一方で、解剖学と出会ったのは、持病のヘルニアがきっかけ

その後、老若男女の何千の身体に触れてその違いを感じるなかで、「もっと体のことを知りたい、学びたい」
という思のもとで進んだのが、柔道整復師への道。解剖学、生理学、運動学など、さまざまな教科を学んでいく。
その好奇心は尽きることなく、某大学の医学部での人体解剖学にも積極的に参加するなど、解剖学、生理学の道を極めてきた。

ーーヨガの道を重ねるために必要な解剖学
  それは、「自分の身体を知ること」そして「感じること」

解剖学という名前だけ聞くと、一見、難しく捉えてしまいそうだが、サチコ先生によると「ユニヴァでの解剖学のテーマは至ってシンプル。自分の身体を知ってもらうこと。動きを通して感じてもらうこと」このふたつがテーマであり重点項目だと語る。
具体的には、見て、触れて、動いて、そして感じることを主軸に座学で落とし込むような内容が準備されている。

ユニヴァでの解剖学のテーマは至ってシンプル。自分の身体を知ってもらうこと。動きを通して感じてもらうこと

骨格は一人ひとり違っているが、解剖学を理解することでまず、一番身近な自分の体を理解することができるわけだ。

身体を知ることによって、自分にとってのバランスのとれたポーズの取り方も見えてくるし、普段、上手に使えていない筋肉を意識した動かし方も見えてくる。
「きれいにポーズをとる」といったカタチへのこだわりでなく、深く呼吸ができたり、痛みが軽減できたり、内側に意識を向けたりといったこと自分の身体の動かし方を読み解くことができるのだ。

ーー形だけのポーズを教えたいのではなく
  プロとしてヨガを深めたいインストラクターへ

同じヨガのポーズをとるにしても、身体のことを知っていれば、その伝え方にも大きな違いがでてくる。
例えば、少し顎をひいたり、肩を下げたり、数センチ、数ミリ身体を動かすことで、ポーズの気持ちよさや深さは変わってくる。
ヨガを好きで学ぼうとする人には、きっとその違いは伝わるものになるだろう。

同じヨガのポーズをとるにしても、身体のことを知っていれば、その伝え方にも大きな違いがでてくる。

さらに、人の身体に触れるということに慣れ、人の身体の違いや変化を見る目を養うことによって、痛みへの対処法もわかってくるそうだ。

「ここまでだったら大丈夫」
「これ以上頑張ると怪我につながる」

そうした、実践に役立つ目を育てることは、これからヨガと関わっていく道で大きな糧となるだろう。

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    疑問をもつことで、丁寧に向き合える。哲学を通して広がるヨガ

yuko
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疑問をもつことで、丁寧に向き合える
哲学を通して広がるヨガ

ーー日々のなかで継続できて、一生続けられるものを
  そんな思いのなかで出会ったヨガ

三人のお子さまのお母さんであるユウコ先生が、ヨガをはじめられたきっかけは、とてもユニークだ。
鉛筆の持ち方が自己流だったお子さんに、握りやすい方法を教えるも、「そっちの方がやりにくい」とゴネられる。
「慣れた方法を変えるのは嫌だろうけれど、 目に見える変化や結果だけじゃなく、続けていくことをするうちに 気づいたり、身についたりすることもたくさんある」と伝えようとした時に、“そうは言ったものの、自分もそんな経験をしたことがない”と思い立つ。
だったら、自分のコトバを本当にできるような何かがしたい!
と、継続して一生続けられるものに取り組もうと考え、はじめたのがヨガだった。

自分のコトバを本当にできるような何かがしたい!と、継続して一生続けられるものに取り組もうと考え、はじめたのがヨガだった。

丁寧に身体を動かしたり、呼吸をしたりするなかで、今の自分に感じることの大切さや、集中することの心地よさ、そして、心やチカラのバランスなどを気づいてきたそう。答えや結果を急がずに、程よい距離感でヨガを続けてきた。

ーー大きな事故との遭遇のなかで
  精神的にも、肉体的にも救われたヨガの教え

しかし、途中で大きな転機がめぐってくる。
もう、体を動かすことはできなくなるかも......。
そんな想像を誰もがしてしまうような大型トラックにまきこまれる大事故だ。
当時の状況を知る方は、「奇跡的に一命はとりとめられたものの、自らの脚で歩くことができないかもしれない状況。3人の育ち盛りの子どもがいるなかで、絶望ははかりしれなかっただろう」と、その衝撃を振り返る。

奇跡的に一命はとりとめられたものの、自らの脚で歩くことができないかもしれない状況。

一方で当の本人であるユウコ先生は、事故当時の状況を至って冷静に語ってくれる。
なかでも、驚くのがそんな状況のなかで日々のヨガの中で繰り返された「体の力を抜いて身を委ねなさい」というコトバを思い出し、実践していったことだ。
コトバ通りに体の力を抜いて、目の前に起きたことを受け入れ身を委ねる。
繰り返し、繰り返し、ヨガの練習をするなかで培われてきたことを、大きな事故のなかで実践し、それによって乗り越えていったのだ。

そんな状況のなかで日々のヨガの中で繰り返された「体の力を抜いて身を委ねなさい」というコトバを思い出し、実践していったことだ。

もちろん身体だけでなく、精神面でもヨガの教えを実践されていった。そんな事故にあったとき、普通なら「この先どうしよう」「あの道さえ通らなければ」......と迷い、後悔してしまいそうだが、「今まで考えたこともなかったけれど、私にはこんなことが起こるようになっていたんだ」と、受け止める心が整っていたそうだ。

また、長い入院生活のなかで、ヨガの先生から「体を動かさなくてもヨガはできる」というアドバイスをもらったそうだ。 その一言は、「ヨガってナニ。なんだろう?」と、改めて深く考える時間になったと語る。
そんなユウコ先生が、UNIVA ACADEMYで担当するのがヨガ哲学。書物からだけでは得られない、何かが感じられる時間になるだろう。

ーー教えられるのでも、学ぶものでもない
  ヨガ哲学は耳を傾けて、感じること

ヨガ哲学とは、基本的にはヨガの経典に書かれているメソッドを学んでいく時間だ。
「ヨガ哲学は勉強しなくてはいけないものでもないし、そもそも人に教えられるものでもない」とユウコ先生は語る。

「ヨガ哲学は勉強しなくてはいけないものでもないし、そもそも人に教えられるものでもない」とユウコ先生は語る。

もちろん、ヨガの故郷インドで生まれた哲学は、日本人にとっては生まれた環境も違うし、DNAに刻まれているものも違うので、感覚的にすんなり入ってくるものではないかもしれない。しかし、自分なりのヨガの答えをみつけるためにも抑えておきたいものである。
ヨガ哲学を学んでいくなかで、ユウコ先生が大切にして欲しいと考えているのが疑問をもつことと、頭で理解しようとしないこと。
そして、溢れてくる気持ちや疑問に丁寧に向き合い、しっかり耳を傾け、心を感じてくこと。
身体に対する疑問もそうだし、コトバに対しての疑問も同じ。
疑問をもつと、そのことに気持ちを向けて考える。つまり、丁寧に向き合えることになるのだ。

ヨガ哲学を学んでいくなかで、ユウコ先生が大切にして欲しいと考えているのが疑問をもつことと、頭で理解しようとしないこと。

子どもの頃や思春期の頃には、 「人間はどう生きるのだろう?」「死んだらどうなるのだろう?」と、さまざまな事に疑問をもち考えているが、 大人になると途端に答えがないことは考えないようになる。しかし、ヨガ哲学とは、自分がいま感じていることを大事にする時間。「呼吸って、どういう流れになっているのだろう?」「ヨガの後って、どうして気持ちよくなるのだろう?」それぞれが感じることに丁寧に向き合って探求していく。
自分が学びたいことに対して理解するというよりそこから感じられるものに耳を傾け、感じていく時間。
繰り返し、繰り返し、とっていくポーズにも新たな発見や納得が得られることになるだろう。
ユウコ先生は、ユニヴァで毎月「カモメの会」と称しスートラを読む会を開催している。そこで掲げているのが、「読書百遍意自ずから通ず」のコンセプト。 全ての物事の関係性・理解を深めるために、急がず、慌てず、ねじ伏せず。
過程を味わいながら一歩ずつ進んでいきましょうという会。

ユウコ先生は、ユニヴァで毎月「カモメの会」と称しスートラを読む会を開催している。

UNIVA ACADEMY での機会以外にも ヨガ哲学に触れてみたいと思ったら、 ぜひ、参加してもらいたい場だ。

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    「なんでだろう?」ヨガを繰り返すなかで感じる身体への疑問。答えを紐解く「解剖学」。

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    疑問をもつことで、丁寧に向き合える。哲学を通して広がるヨガ