アシュタンガヨガ列伝

アシュタンガヨガー現在に至るまで

シュリ・K・パタビジョイス(グルジ-尊敬する師という意味)

*シュリ・K・パタビジョイス師の事をアシュタンガヨガ生徒は、尊敬の念をもって、「グルジ」と呼びますが、混乱を避けるため、ここでは、シュリ・K・パタビジョイスで統一します。

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1927年、シュリ・K・パタビジョイスが12歳の時、師であるクリシュナマチャリアからヨガ練習法を学び始めました。それから約20年後の、1948年、今ではよく知られるアシュタンガヨガ・リサーチ・インスティテューションをインド・マイソール地方で設立しました。その頃から、サンスクリット大学(サンスクリット語を学ぶ教育機関?)で、ヨガを教え始め、50年代半ばに、ヨガの教授となり、70年代半ばには、インド政府公認の代替(伝統)医療大学で、ヨガの名誉教授の職に就いています。

1958年-60年に「yoga mala」というアシュタンガヨガについての文献をまとめ、1962年に自分の生徒のみにその書籍は配られました。英語圏では40年近くの後、1999年に出版され、日本では2006年に出版されました。これがシュリ・K・パタビジョイスの唯一の出版物です。

アシュタンガヨガが西洋に広まるきっかけ

1960年代半ばに、あるベルギー人がマイソールにてアシュタンガヨガを2ヶ月間に渡りパタビジョイス師に学び、その時の経験を出版したのがきっかけとなり、少しずつヨーロッパ地方でアシュタンガヨガの名前が広がっていきました。また、パタビジョイス師はアメリカに自分のヨガ道場を開かず、生徒をインドに呼んで教えていた数少ない有名なインドのヨガ講師の1人です。

いわゆるビートルズなどの影響を受けた西洋のヒッピー世代が、バックパッカーとして、インドに旅行に行き、そこで、「アシュタンガヨガって言う面白いヨガがあるけど、一緒にやってみないか?」と口コミで西洋人のバックパッカー達に広がっていったと言う話しがあります。

1970年代半ばに、シュリ・K・パタビジョイスは初めてアメリカに渡り、サンディエゴ郊外で4ヶ月に渡り、自身のアシュタンガヨガの普及に努めました。その時、グルジの息子のマンジュ・ジョイスは、アメリカ人のアシュタンガヨガ生徒の熱心な誘いもあり、アメリカでアシュタンガヨガを伝えて行く事を決意し、それ以降、インドには戻らず、アメリカで暮らしています。

それから、90年代半ば頃には、アメリカでヨガ・ブームが起こり、マドンナやスティングなどのセレブがアシュタンガヨガを習っていると伝えられ、一気にアメリカ全土にアシュタンガヨガが広まっていきました。

日本におけるアシュタンガヨガの広まり

日本では、2000年前半から徐々にヨガ・ブームが始まり、アシュタンガヨガでは、IYC(International Yoga Center)を中心に、首都圏で人気を博し、徐々に日本全国に広がっていきました。普及が始まり10数年が経ち、ポーズを競い合って進めて行く風景から、世代を超えて、様々な人が参加する風景も増えたように思えます。他のスタイルのヨガと比べ、まだ老若男女が参加するとまではいきませんが、欧米のアシュタンガヨガスタジオでよくみられるように、生活に根付いた練習を続けている参加者が多く見受けられるようになりました。

アシュタンガヨガの現在

2009年に、シュリ・K・パタビジョイス師、永眠。(1915-2009)  現在は、孫のシャラート師がグルジの後を継ぎ、アシュタンガヨガ・リサーチ・インスティテューションのディレクターとしてインド・マイソール地方でアシュタンガヨガを伝えています。

 

アシュタンガヨガ誕生にまつわる伝説

クリシュナマチャリア

krishnamacharya_svastikasanaシュリ・K・パタビジョイスの師としても知られるクリシュナマチャリアは、優れたヨガ講師でした。事実、現在みなさんが知っている、シュリ・K・パタビジョイス、息子のデシカチャー、女性初のヨギ、インドラ デヴィ、世界でもっともよく知られていると言われるアイアンガーヨガのBKSアイアンガー、もう1つのアシュタンガ・ヴィンヤサヨガのBNSアイアンガーなどたくさんの現代ヨガの師を弟子として抱えていた人であります。クリシュナマチャリアが近代ヨガの父と呼ばれるのは、この錚々たる面々の弟子達を見れば分かるでしょう。

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そのクリシュナマチャリアが、20世紀初頭に、チベットの渓谷まで探しに出向いて、教えを請うたのが伝説のヨギ、ラマ・モハン師(すなわち、シュリ・K・パタビジョイスの師の師)でした。そこでクリシュナマチャリアは7年半に渡って修行しました。ラマ・モハンからの教えは全て口頭で、クリシュナマチャリアは特に伝説の書「ヨガ・クルンタ」について詳しく学びました。

ヨガ・クルンタ

この「ヨガ・クルンタ」が、後のアシュタンガヨガ・メソッドであると伝えられています。修行を終えたクリシュナマチャリアは早速その「ヨガ・クルンタ」について調べ、カルカッタ大学でその文献を見つけました。しかし、その文献はアリに食われたりしていて使えるものではなかったが、それをどうにかまとめあげて、弟子であるシュリ・K・パタビジョイスやBNSアイアンガーなどに伝えたとされています。

疑問が残るのは同じ伝えで違うスタイルになったのは何故?という事ですが、これは諸説あり、もっとも経験が深く年配のシュリ・K・パタビジョイスにクリシュナマチャリアがマイソールを去る際にアシュタンガヨガを託したという説や、シュリ・K・パタビジョイスとは違う時期、違う環境の元、「ヨガ・クルンタ」について教えたので、それぞれ個性が出て来たという説など色々とあります。BNSアイアンガーのヴィンヤサ・アシュタンガヨガについてはムードラがあったり、アサナにも違いがあります。

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また、この「ヨガ・クルンタ」についても、すでに他の誰かが「ヨガ・クルンタ」と同じ内容の事をやっていたとの説もありますが、ここまで世界中に広がったのは、クリシュナマチャリア及びシュリ・K・パタビジョイスによるもので間違いないでしょうから、ここでは、一般的にアシュタンガヨガのコミュニティーで言われている説を採用させていただいています。

*敬称略

著者:西生吉孝

参考文献等